インタビューを受けてくださった、人事部担当部長の三浦さん。

保険の会社から脱したい

近年、損保ジャパンは損害保険業だけではなく、自動運転技術や災害予測支援システムの開発など、損害保険にとらわれない、多岐にわたる事業に取り組んでいる。

 

——まずは事業内容について教えてください。

 

損保ジャパンはSOMPOグループの中核企業として、損害保険を中心とした事業を展開しています。保険には大きく生命保険と損害保険の2種類がありまして、お亡くなりになったときには生命保険、それ以外のリスクは基本的にすべて損害保険に該当します。そのため対象となる顧客は多く、(支店や営業所、保険金サービスなど)国内だけで900以上の拠点があり、社員数は約2万4000人に上ります。

損害保険ジャパン本社ビル。日本国内の優秀な建築作品に与えられる「BCS賞」を受賞したこともあるという。

——なぜ損害保険以外の分野に参入しているのでしょうか?

 

これは、SOMPOのパーパスである「“安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」と、それを実現するために損保ジャパンが掲げている「Innovation for Wellbeing」というブランドスローガンに関係します。

 

日本は人口が減り、クルマも売れなくなっているので、保険のマーケットはどんどん縮小しています。加えて、そもそも保険というものは、金銭でマイナスをフラットに埋めることしかできません。つまり、プラスには作用しないのです。

 

そうであるならば、マイナスの部分をお金で埋める経済行為だけではない、もう一歩先のことができないかと考えました。つまり、そもそも事故の起きない社会を目指すことなど、プラスアルファの付加価値を生み出して、常日ごろから安心を提供していく、ということです。

 

「損保ジャパンって、保険の会社だったのね」と言われるくらい、保険から脱して、安心、安全、健康に資する会社に生まれ変わろうとしているのです。

 

——ダイバーシティ&インクルージョンをはじめとする社内の組織・人事改革にも注力されていますね。

 

元々、社会貢献に対する意識は高く、1990年代に恐らく金融機関で初めてCSR(企業の社会的責任)に取り組み始めた会社だと思います。また2003年には、これも業界で初めて女性活躍推進の専門部署を立ち上げました。

 

当時は女性が働き続けるためにどうすべきかがメインテーマでした。そのために、育児休暇制度を充実させたり、育児短時間勤務を増やしたり、家族の転居転勤があった場合に、キャリアを継続できるような制度を構築しました。当社は全国に拠点があるため、例えば、パートナーの方が東京から札幌に転勤となったら、会社を辞めるのではなく、損保ジャパンの札幌支店に異動できるといった具合です。

 

そこまで整備すると、今度は本当に女性が活躍しているのかどうかがテーマになりました。そこで女性のためのビジネス研修や経営塾などを設けて、キャリアアップを支援していきました。結果的に、現在は総合職、一般職という区別はなくなり、仕事としてはまったくフラットです。

 

そうしたバックグラウンドを持つ会社ですから、ダイバーシティ&インクルージョンに関してはSOMPOグループ全体で意欲的に取り組んでいます。「イノベーションはダイバーシティなくしてあり得ない」と、経営トップも言っているほどです。

 

——ダイバーシティの対象となるのは女性だけではありません。そのほかに具体的な取り組みはありますか?

 

一例を挙げると、2020年10月に「損保ジャパン大学」というオンライン企業内大学を設立し、その中にダイバーシティ&インクルージョンのための公認サークルができました。そこではLGBTや障がい者、シニアなどに関する活動がなされていて、障がい者への理解を深めるハンドブックがつくられたり、Ally(アライ:支援者の意味)のシールが制作されたりしています。

 

——損保ジャパン大学を始めた背景は?

 

もともと社員研修は積極的に取り組んできたのですが、集合型の研修の場合、本社が新宿にあるため、どうしても学習機会の地域差が生まれていました。そこで、オンラインを活用した研修ができないかと、人事部主導でプロジェクトが立ち上がりました。ちょうどコロナ禍になったことも影響しています。

 

主なコンテンツの一つ「ゼミナール」では、通常業務での習得が難しい分野を中心に現在、7学部13コースが用意されています。参加するためには書類審査なども行われ、少人数制でテーマに基づいた研究や活動をおこなっています。他方、ライブ配信の「SOMPO LIVE」は業務にかかわるものだけでなく、ダイバーシティ&インクルージョンについての内容や、社外の署名人を講師に迎えた特別講座などの講義を月に20本程度配信しています。誰でも参加でき、またアーカイブ配信も行われるため、これまでに2万人以上の社員が受講しています。

自由度が高く、チャレンジできる社風

——社内はどのような雰囲気ですか?

 

金融機関らしからぬ自由な社風ですね。私が入社した30年ぐらい前から変わりません。それに、すごく元気の良い社員が多いです。会社の仕事が楽かというと、決してそんなことはないのですが、厳しい環境を面白がる人が多いですし、そういう人が評価されています。

 

裏を返すと、チャレンジする人でないときつい職場だと思います。常に変化を求められるし、いろいろなことにチャレンジしなさい、自分で考えて動きなさいと言われますから。それが楽しいと感じる人にはとてもフィットする会社です。

——自由とありましたが、三浦さんはどういう点にそれを感じられていますか?

 

基本的には、社員がやりたいと言ったことに周りは反対しません。総務部に異動してきたとき、「私に何を期待されていますか?」と部長に尋ねたら、「好きなことやっていいよ」と一言。実は今取り組んでいるオフィス改革は、まさに本当に好きなことをやろうとした結果です。現場に自由に任せてくれて、最終的な責任はきちんと上司がとってくれる風土がありますね。

 

——損保ジャパンの源流となる会社の創業は1888年と、大変歴史のある企業です。そうした老舗が今どきのチャレンジングな働き方に変革するのは難しかったのでは?

当社は、安田火災海上保険、日本興亜損害保険など、いくつもの会社が合併して、現在の形になっています。経営統合した当初は、当然、各社の文化の違いが浮き彫りになりました。そこで出身企業ごとに社員インタビューをするなどして、我々のコアは何なのかを徹底的に論議した結果、「人のために」「やりぬく力」という各社共通のDNAと、これから向かう方向としての「創造性・独創性」などいくつかの目指す姿の指針定義しました。これを「Spirit」という冊子にまとめ、全社員が会社の向かうべき方向性を共有するようになりました。この経験が大きいですね。

社員の笑顔が増えた

三浦さんが発起人となってスタートした、本社のオフィス改革プロジェクト。その全容とは。

 

——どのようにオフィス改革を進めてきたのでしょうか?

 

それまでも全社的な働き方改革に取り組んではいましたが、あまり社員に浸透していませんでした。そこでもっと気軽に自由な働き方を体感してもらおうと、社員食堂の一角に食事も仕事もできるワークプレイスをつくりました。

 

さらには、本社ビルの空きスペースに、最新のデジタル設備などを導入したショールームを構築し、新しいワークスタイルを体験できるようにしました。

東京新宿の本社内に設けられた、新しいワークスタイルの体験スペース「SOMPO Tsunagaru Atelier」。

徐々に機運が高まったことで、2018年末に本社全体のリニューアルプロジェクトを立ち上げました。総務部だけではリソースが足りないため、本社の部長クラスにメンバー募集の告知をお願いしたところ、1週間で15人も手を挙げてくれました。そのメンバーで約2カ月かけてコンセプトを固め、その一部を総務部の予算内で実行することに決めました。

 

その後、一つのフロアをABW(Activity Based Working)の仕様に変更したり、食堂の一部を改良したりしました。加えて、古くから喫茶スペースだった場所を社内外の交流スペースに刷新しました。計画では20年3月末に完成するはずでしたが、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われました。現在はひとまず完成して、ぼちぼちと使われています。

喫茶スペースを改装して作られた「SOMPO Park Lounge」。社内外の交流スペースや、社員の執務スペースとして活用されている。

——オフィス改革が社員にとってプラスに働いた点は何ですか?

 

笑顔が多くなりましたね。それまでは昔ながらの対面式の固定デスクだったわけですが、フリーアドレスだと、出社してまずどこに座ろうか決めることから楽しめます。また、毎日違う場所に座っているため、さまざまな社員から声を掛けられる機会が増えるようです。「ABWの力ってこういうことなんだな」と感心しました。

 

——今後の具体的な取り組みは?

 

収容人数やコストなど各種情報のデータ化に向けて、BIM(Building Information Modeling)の仕組みをオフィスに活用しようと考えています。先ほど社員の笑顔が増えたと言いましたが、その効果を示す数字がないため、別の形でリニューアル前後の変化を数値化することが必要だと感じています。

 

また、コロナ禍で出社率が大幅に下がり、フロアのスペースが空いている状態ですので、フリーアドレスの場所を増やしたり、周辺の賃貸オフィスに入居している部門に移動してきてもらったりと、新たな展開を検討しています。

自分の経験を仕事以外に生かしたい

——福利厚生で特筆すべき制度や取り組みはありますか?

 

20年4月から1時間単位で休暇を取れるようになりました。今までだったら育児や介護のために1日もしくは半日休まないといけませんでした。そうすると、小さな子どもがいるような社員はすぐに有給を使い切り、足りなくなってしまうという問題がありました。それを解消するため、フレキシブルに、ピンポイントで休めるように変えました。

 

ユニークな制度といえば、社会貢献活動などをするために1年間休むことができます。実際、知り合いの社員はNPOの活動で海外へ1年間行っています。それ以外にも、自己研鑽のための休暇もあります。例えば、運転免許を取るために1カ月ほど休めます。頑張ってスキルアップをしようとする人たちにはありがたい環境だと思います。

 

福利厚生ではないのですが、個人のスキルアップという意味では、21年9月に「SOMPOクエスト」ができました。いわゆる社内の副業制度です。

 

例えば、最近立ち上がった「ART for Wellbeing プロジェクト」にもSOMPOクエストが関わっています。当社は美術館を運営するほど、社内に膨大なアート作品を所有しています。そこで倉庫に死蔵されているものをオフィスなどで生かそうと、SOMPOクエストを通じて人員を募集しました。集まったメンバーでダンジョンみたいな倉庫へ作品を探しに行き、それぞれが選んだ理由などをコメントして、作品と一緒にオフィス内に飾りました。

 

SOMPOクエストは、現在の業務の2割まで、各部署が募集している業務にかかわることができる制度です。各自が持っているスキルを発揮したり、興味のある部署の業務を経験し、キャリアプランの参考にしたりすることができます。参加しても人事評価などには反映しません。メンバーはこの経験により得るものがあると思っているから手を挙げたのです。自分自身の経験や知識を仕事以外のことにも生かしたいという社員は多いですね。SOMPOクエストは、そういう人にとって面白い取り組みの一つだと思います。

 

——SOMPOクエストで募集すると、いつも同じ人が集まるといった弊害はないのでしょうか?

 

ないですね。まったく部署も年代も異なる人が集まるため、毎回お互いに「初めまして」という挨拶から始まります。当社の社員は、手を挙げる、チャレンジすることに対する恐れはあんまりないかもしれないですね。

 

——最後に、今後の展望について教えてください。

 

会社全体の事業については、、どんどん新しい取り組みが進んでいます。あるいは、出資先の企業に出向するなど、保険にとらわれないビジネスも広がっています。

 

オフィス改革については、先ほど触れたように、本社オフィスを見直して、コロナ禍の状況に適した形につくり変えていこうとしています。

 

もう一つ、コロナ禍でリモートでの人材教育の難しさが浮き彫りになりました。特に20年度は新人教育に課題が残ったと感じています。やはり教育は、対面が一番力を発揮すると考えており、今度計画しているオフィスのコンセプトは「育ち場」なんです。オフィスに来るなら教育のために、という意識付けをしていきたいです。

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取材のウラ側

損保ジャパンは、日本を代表する大企業であるにもかかわらず、業務改革に対するフットワークの軽さやスピード感は、まるでベンチャー企業のようだ。それを可能にするのは、社員一人ひとりの意識やポテンシャルの高さであることが、取材を通じてよくわかった。ただし、単に最初からスペックの高い社員だけを集めればいいわけではない。きちんと社員を教育し、スキルアップにつなげるための仕組みや制度が整備されているのが、損保ジャパンの強さであり、魅力である。今後のさらなるオフィス改革にも注目したい。