遠隔コミュニケーションに臨場感を生む発想と技術

コロナ禍でオンラインのコミュニケーションが増えた企業は少なくないだろう。これにより、フレキシブルに予定が組めるようになるなど、大きなメリットが認識された。一方で、時折生まれるコミュニケーションのぎこちなさに不安を覚えた経験はないだろうか。すなわち、表情やしぐさなど非言語の情報が得られないことによる不安だ。tonariは、対面で会っているかの様なソリューションとして、今、注目されている。

 

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ーーtonariが開発されるまでの経緯について教えてください。

 

後尾志郎さん(以下、後尾さん) tonariには、実は「一般社団法人」と「株式会社」という2つの組織形態があり、その連携からプロダクトが生まれているんです。

 

プロジェクトは、まず「一般社団法人」から始まります。ここでは日本財団の助成金を受けながら、社会問題の解決をテーマにした研究活動を行っています。その多くが、実現までに少なくとも数年はかかる未開拓のマーケットを意識したものです。

 

この研究活動を通して、今までなかったようなニーズが浮き彫りになり、開発の手応えを得ます。そして、ここではじめて予算が組まれます。

 

いったん、事業としての道筋が立つと、これを「株式会社」が引き継ぎます。つまり、具体的かつ市場を見据えたプロダクトの開発に移る。tonariのシステムもこのようなプロセスを経て生まれました。

 

――実際にtonariを使うと、その没入感に驚かされます。本当に対面で会話しているかのようですね。

 

永濱 Zucca 静佳さん(以下、永濱さん) 2つの離れた空間を自然につなげるため、tonariには多くの工夫を仕掛けました。例えばテクノロジーを使ったアプローチでは、タイムラグをなくしたり、音声をできる限りクリアにしたり。「あ、お先にどうぞ」というような、よくあるぎこちなさが生まれないように試行錯誤を繰り返しました。デザインも重要で、向こう側の相手と自然に視線が合い、部屋の奥まで見渡せるようにしています

 

そもそも、私たち自身が「対面で会うことが好き」なんですよね。対面に勝るものはないと信じています。しかし、パンデミックでリモートワークを余儀なくされたり、会社が成長して多拠点経営になったり、どうしても離れて働かざるを得ないケースが出てくる。そこで生まれるコミュニケーションのギャップをtonariが埋めることが出来ます。

 

後尾さん 離れていても「コミュニケーション」を自然に行うのに必要な要素は何か、徹底的に洗い出していきました。開発を進める中で、「等身大であること」「相手と目が合うこと」などが重要だとわかりました。

 

デザインもヒューマン・セントリック(人間中心)であることが求められます。しかし、それらすべてを実現するのは簡単な作業ではありません。一つ課題をクリアしても、それによって別の問題が出てくる。改善を重ねながら、すべてが調和するポイントを見つけるまでに模索を続けました。

 

最高のユーザー体験を提供するための「オーケストラをつくる」、これがtonariの設計思想です。私たちのプロダクトには様々な技術が応用されていますが、その一つずつを単純に付け足していってできあがったものではありません。ハーモニーこそが大事です。

tonariはその他のオンラインツールとは違い、目線が合ったり場所の空気感が伝わるような工夫がなされており、さながら「場所と場所が繋がっているような」感覚で話すことができる。

――確かに、会話相手の姿勢や身振り手振りなど、tonariだからこそ得られる情報がありますね。

 

永濱さん 身振りや手振りもそうですが、実はそれだけではありません。tonariのおもしろさは、使っていない時間も含め、「空間情報がずっと共有されていること」にあると考えています。だから、「忙しそうだし今は声をかけないでおこう」とか、「盛り上がっているからちょっと参加してみよう」とか、空気感が伝わるからこそ、自然なコミュニケーションが生まれるのではないでしょうか。

すべての人が場所に縛られない社会を実現したい

現在は、都内2カ所と神奈川の葉山に拠点を置き、事業を展開している。それぞれtonariでつなぎながら、どのような働き方を実践しているのだろうか。

 

――tonariの働き方についてお聞かせください。

 

後尾さん 創業は東京の代々木ですが、4人のメンバーが葉山に移ったので、tonariのプロトタイプができた段階で東京と葉山をつなげました。その後、新たに設けた倉庫とR&D(研究開発)を兼ねた拠点とも、tonariでつながっています。

 

通常は、オフィスが手狭になるともっと広い場所に移るのかもしれませんが、tonariがあればアメーバ的に拠点をつなげられます。どこにいても同じ空間にいるような感覚でコミュニケーションをとれるので、どんどん分散していける。今はどこまで分散が可能かチャレンジしているところです(笑)

 

――オフィスを分散できれば、住む場所を自由に選べるようになりますね。

 

後尾さん 結婚したり子どもが生まれたりすると、自分のキャリアを考えますよね。バリバリ働きたいから東京に住むとか、子育てに向いた環境がいいとか、親の世話をしたいから引っ越すとか。そうなったときに、「キャリア」と「住みたい場所」を天秤にかけがちですが、それは私たちが目指している働き方ではありません。

 

住みたい場所に住み、思い描くキャリアを実現する。仕事と生活を理想的に両立できるようにしたいと考えています。職場の都合で何かを犠牲にしたり、諦めたりしなくていい世の中にしたいというのが、メンバーに共通する価値観です。

 

これは、家族など自分の周囲を幸せにするモチベーションにもつながります。さらに視野を広げると、地方活性化などの社会課題にも関わる話です。移動がなくなればCO2の排出量が減って環境問題にも貢献できますよね。

オフィスの壁面には、日常のミーティングで生まれるアイディアが多数貼り付けられている。

密なコミュニケーションで、多様性を組織の力に

――メンバーは多国籍とのことですが、組織づくりで重視されていることはありますか?

 

永濱さん 現在のメンバーは12人ですが、国籍も経験も様々です。私たちはどんな問題もコミュニケーションで解決できると考えていますし、フラットになんでも話し合います。一人ひとりにこれまでやってきたこと、これからやりたいことがあって、お互いにそれを理解して尊重していますね。

 

ーー実際に、どのようにしてコミュニケーションをとられていますか?

 

後尾さん 1on1で密にコミュニケーションをとっていますし、何が好きで何が嫌いか、何が得意で何が不得意かのすり合わせができています。だからこそ、何かしたいことあれば手をあげて提案できますし、自分に向いていないことを別のメンバーに任せることもできます。ほかにも、その日の予定をチャットツールに簡単に書いて共有したり、スタンドアップミーティングの時間をとったりしています。

 

永濱さん ミーティングやツールを使用することも絶対ではなくて、「無駄じゃない?」という意見が出たらすぐ見直します。ですので、ルールは常に変わっていますね。四半期ごとに集まって、自分の人生も含めてこれからどうしていきたいかを話し合ったり、その中で短期ゴールや長期ゴールを決めたりもします。

 

ーーみんなで考える体制が整っているのですね。

 

後尾さん メンバー全員が研究体質で、共通点が多いこともチームにいい影響を与えているかもしれません。小さなチームですし、組織としてのつながりというよりプライベートな結び付きを強く感じています。オフィスに置いているエスプレッソマシンはタブレット端末で力・温度・フローをモニターと調整することができるんですが、それを微調整してこだわりのコーヒーをみんなにふるまったりして。

 

新しい開発言語もいち早く採用して、それを使ったゲームを開発するワークショップも開催しました。新しいものに敏感でフットワークも軽いので、こうしたことがよく自然発生するんです。

東京の代々木八幡にあるオフィスには、社員のクリエイティブさを刺激するギミックが沢山備わっている。

tonariの技術をユニバーサルなものにしていきたい

一般社団法人として、株式会社として、そして一つのサービスとして。今後、tonariはどういった社会課題を視野に、どのような展開を描いていくのだろうか。

 

――コロナ禍もあってリモートワークが急激に拡大した中で、見えてきた課題もあります。

 

後尾さん コロナ禍で、改めて対面で会うことの大切さに気付かされました。そして、オンラインだとコミュニケーションが断絶しがちで、理解に差が生じやすくなります。そのため、全員がオフィスに集まっていたときよりも、意図的に情報を共有する必要があると思います。

 

永濱さん 私たちには、ちょっとした打合せから、あらゆるプロジェクトまで、頭の中の情報をチーム全員に共有できるようにドキュメント化するカルチャーがあります。また、打合せが日本語でも全員が把握できる様、社内の公用語である英語で保存しています。そのため、わからないことがあれば、自分で検索して調べられますし、急な病欠が出た時はスムーズにサポートが行えます。ちょっとした確認作業はSlack、仕様の話はメールでスレッドを立てるなど、情報を共有する手順も社内ルールを作りました。

 

後尾さん 新たに学んで吸収したことは、できるだけ社内で共有するようにしていますし、社外に対しても同様です。例えば、エンジニアが、tonariの基盤となっているプログラムの一部についてオープンソースとして公開し、ブログで紹介しています。技術の話だけではありません。スタートアップが抱えやすいファイナンスやチームビルディングなどの問題についても、知見がたまり次第、公開していきたいと考えています。

ミーティングをしたり集中したりと、多様な働き方が可能だ。代々木八幡のオフィスには、その他にもコーヒーを淹れることができるスペースや、DIYができるスペースもある。

――最後に、tonariの今後の展開について教えてください。

 

後尾さん 今年は、コロナ禍でストップしていた一般社団法人としての活動を活性化させ、まだ顕在化していない社会問題にアプローチしていく予定です。具体的には、教育や福祉、地域活性化などに関わっていきます。

 

そこで得た知見は株式会社の事業に活かすことができますし、将来的には一般家庭にマーケットを広げて、教育や介護、遠隔医療の分野でも活用できるようにしたいです。tonariの技術を、さらに広くユニバーサルなものにしていきたいと考えています。

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取材のウラ側

tonariを使えば、住みたい場所で自分が思い描くキャリアを実現できる——そんな期待が高まる取材だった。tonariの特長は、タイムラグを感じず、対面時と変わらない自然なコミュニケーションを体験できることにある。広く普及すれば、リモートワークでも雑談を楽しみ、チームとの関わりを間近に感じながら仕事ができるようになるだろう。今後は海外への展開も視野に入れているとのこと。世界中でtonariが使われるようになる日も、そう遠くはないのかもしれない。