インタビューにお応えいただいた海老原さん(写真左)と鈴木さん(写真右)

牛と自然と人をつなぐ

広大な敷地に牛やヤギ、羊、馬、アヒルなどの動物たちが暮らし、季節の花々が咲き誇る「成田ゆめ牧場」。キャンプ場も併設し、家族連れを中心に年間約30万人が訪れる人気の観光牧場だ。運営する株式会社秋葉牧場ホールディングスは、酪農界に新しい風を吹き込むリーディングカンパニーとして近年、ますます注目を集めている。

――事業内容について教えてください。

鈴木 当社は1887年に搾乳専業の牧場として創業し、酪農業を大切にしながら、創業100周年にあたる1987年に観光牧場の「成田ゆめ牧場」をオープンしました。現在はそれに加え、乳製品の企画・製造、サテライト店舗などでの小売業、本社ビルでは不動産業も展開しています。

成田ゆめ牧場のメインゲート

海老原 「成田ゆめ牧場」には動物園のように珍しい動物はいませんが、それぞれ個性豊かな動物たちがのんびりと暮らしています。場内にはその動物と触れ合える「ふれんZOO広場」やアスレチック、キャンプ場、レストラン、ショップを運営しており、「牛さんの飼育係」「ひまわり迷路」などさまざまなイベントを開催しています。

キャンプ場では、一晩ヤギと一緒に過ごせるプランも。牧場に併設したキャンプ場ならではの企画で、リピーターの多い人気イベントです。

 

 

――事業を展開する上で、大切にされていることは何ですか。

海老原 当社は「牛・自然・人をつなぎ、豊かな未来へつなぐ企業」を理念として掲げています。創業時から続く事業である酪農を大切に次世代につなぐこと、そして牧場では人と自然をつなぎ、子どもたちの情操教育の場ともなり、豊かな未来へつないでいきたいと考えています。

鈴木 自然の価値というのは、今後ますます高まっていくだろうと考えています。VR(仮想現実)技術の発達により、さまざまな疑似体験ができる時代になっていますが、実際に動物に触れる、季節折々の豊かな自然を感じるという実体験の素晴らしさには代えられません。

動物の温かさ、かわいさはもちろんですが、お子さんにとっては怖いという感情、糞尿をするという現実を知ることもバーチャルではなかなか体験できません。春は桜や菜の花、夏はひまわり、秋にはコスモスなど四季折々の自然を楽しめるのも日本ならではのすばらしさです。だからこそ当牧場では、人工的な建造物や電気仕掛けの乗り物などでお客さまを呼び込むことはしてきませんでした。

――成田ゆめ牧場さんはひまわりがとても有名ですね。

海老原 お陰さまで、「成田ゆめ牧場といえばひまわり」というイメージが定着してきています。きっかけは、一人の女性がインスタグラムに投稿された写真でした。今もメインのお客さま層は、小さな子ども連れのご家族ですが、お花との撮影を楽しむ若い女性のグループやカップルなど、幅広い年代のお客さまが増えています。

――牧場内で製造されている乳製品も人気だとうかがいました。

鈴木 鳴き声が聞こえるくらいの距離にいる、同じ環境で暮らす牛たちから搾った生乳だけを素材としているので、鮮度が高いことが特徴です。また、一般に流通しているパック牛乳の多くは、複数の牧場から集めた生乳を混ぜ、高温短時間で殺菌処理を行っているのですが、当社ではどの商品も、当牧場ならではの生乳本来の風味を大切に製造しています。特に人気なのがヨーグルトです。もっちりとした独特の食感が特徴で、お客さまから「他にはない味」との感想をいただいています。その秘訣は、低温で長時間じっくり発酵させる手間暇。日本一おいしい乳製品づくりをめざしており、今後さらに力を入れていく予定です。

ゆめ牧場自慢の牛乳とヨーグルト

ただ穴を掘る「全国穴掘り大会」が実現する職場

――どのような方が活躍されていますか。

海老原 酪農、製造、接客、園芸、事務などさまざまな部門がありますので、人材も多様です。当社では、入社後に約1ヵ月かけてすべての部署を回っていただき、それから配属が決定されます。実際に体験することで、自分に向いている職種がわかったり、興味のある分野が変わったりするケースは少なくありません。社員数は現在85人で平均年齢は35歳。パート・アルバイトを含めると約400人が働いており、6割以上が女性です。

牧場内では様々な分野で多様な人材が働いている

――牧場はリピーターの方が多いようですが、その秘訣は働く「人」にあるのでしょうか。

鈴木 接客がいい意味で「プロらしくない」ところがよいのかなと思っています。牧場というのは着飾って気合いを入れて訪れる場所ではありません。多くの方は、のんびり穏やかに動物たちと触れ合い、自然を楽しみ、非日常を味わいに来られるのだと思います。そこで必要なのはホテルマンのようなスキのない接客ではなく、フレンドリーさなのかなと。お客さまとの距離が近く、リピーターさんの中には年賀状を送ってくださる方もいらっしゃいます。

――職場はどのような雰囲気ですか。

鈴木 社風はフランクだと思います。経営層との距離が近く、若手の意見にも柔軟に耳を傾け、面白そうだったら「やってみよう」という雰囲気がありますね。

私が入社したときに驚いたのが、「全国穴掘り大会」が開催されていたことです。牧場の大地に穴を掘り、30分間で一番深く掘ったチームが優勝という極めてシンプルなイベントです。ここ2年はコロナ禍にて開催中止となっておりますが、それまでに20年間(計20回)開催しており、約300チームの参加がありました。

この企画、一般的な企業ではなかなか通らないのではないかと思います。突拍子もないように思われる企画でも、「面白いね」「失敗してもいいから、やってみなよ」とチャレンジできる企業風土を、私自身とても魅力に感じています。

2018年には牧場のイメージキャラクター「ゆめこちゃん」を前面に出したキッチンカーが誕生して、けん引されて一般道を走る姿が定期的にSNSをザワつかせていました。販売よりも広報といえるこの事業を担当したのも若手社員でした。

牧場のイメージキャラクター「ゆめこちゃん」

動物がすぐそばにいることの価値

――お二人は牧場で働くことに、どのような良さを感じていますか。

鈴木 隣に牛がいる環境で働いている人は、世界中をみてもわずかな人数だと思います。パソコンをのぞき込んでいて、そこに牛の鳴き声が聞こえてくる職場ってなかなかないですよね。他にはない環境だなと思います。

動物好きの社員が多いので、疲れたり、作業に煮詰まったりしたときには、皆フラッと動物に会いに行っています。私は個人的に羊が大好きなので、羊に会いに行ってはもふもふしてリフレッシュしています。仕事中のリフレッシュとしてこれ以上のものはないですし、最高の福利厚生だと思っています(笑)。

海老原 私もまったく同じです。休憩中にモルモットに会いに行ったりするとパワーがもらえて、午後も頑張ろうという気持ちになります。動物にはそれぞれ個性があって、当牧場では一頭一頭名前をつけて名札に書いています。なかにはファンがついている子もいて、「コロナ禍でなかなか会いに行けませんが、元気ですか?」という手紙が届くんです。それぞれに性格が違って魅力があるということを私たちは日々実感していますが、お客さまも同じように感じてくださっていることに喜びを感じます。

――実際の福利厚生にはどのようなものがありますか。

海老原 牧場やキャンプ場の利用料が無料になります。また、グループ企業がフィットネスジムを経営していますので、そのジムと水泳教室を無料で利用することができます。2020年に新型コロナウィルスの流行を受けてオープンした「ファームステーションジム」も無料になります。これは牛舎の換気構造を参考にした半屋外型ワークアウトジムで、幾多の感染症と闘ってきた酪農家ならではの発想で地域の健康拠点になればとオープンしたものです。

 

 

――環境への取り組みとして、力を入れておられることがあれば教えてください。

鈴木 牛の排泄物は、水質汚染を引き起こすことや、地球温暖化を加速させることが問題視されています。当牧場では、排泄物をそのまま廃棄するのではなく、肥料にして牧場内の畑に活用しています。牛の糞からつくる肥料は、土中の繊維分や有機物が増えるなど栄養価が高いことが特徴です。SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みとして、新たな堆肥化プラントを建設し、肥料の商品化も見据えています。

日本の酪農を守り、世界へ

酪農は日本人の食と健康を支える重要な産業だが、酪農家の数は減少傾向にある。秋葉牧場ホールディングスはその波を押し戻し、酪農はクリエイティブな仕事であることを体現したいと考えている。

――今後の展開についてお聞かせください。

海老原 2021年に新しい牛舎を建設しました。牛の頭数も今年(2022年)9月には現在の倍以上となる220頭に増やす予定です。良質な牛乳は、健康で幸せに暮らしている牛からしか得られないとの考えから、新牛舎では特に牛のストレス軽減にこだわりました。

以前は搾乳牛をつないで飼育していましたが、現在は牛舎の中を自由に往来できるようにしています。広々としたスペースで草を食べたり、水を飲んだり、他の牛と喧嘩したりして自由に過ごしているなかで、時間が来たらブースに誘導して搾乳をするスタイルです。最終的には300頭まで牛を増やし、当牧場で製造したおいしい乳製品を海外の方に届けたいという夢があります。

鈴木 観光事業においては、モルモットやうさぎとのふれあい体験施設を新設する予定です。これらの小動物は、特に小さなお子さまからの人気が高いので、独立した施設でよりしっかりとお客さまをお迎えできるようにしたいと考えています。

酪農も観光も変革期にありますが、当社が提供できる価値というものに変わりはありません。牛、自然、人をつなぐために、その価値をどのように訴求していくのか。酪農や観光にクリエイティブな視点やアイデアをもつ人と一緒に仕事がしたいですね。

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取材のウラ側

自然に囲まれて動物のそばで仕事ができることをうらやましく感じる取材だった。同社は、その自然や動物のもつ価値を俯瞰し、今の消費者や来場者に合わせてさらなる価値を生み出している。そこに若手の感覚やアイデアが活かされているところに風通しのよさを感じた。酪農という日本を支える一次産業を守りながら、さまざまな職種が経験でき、海外進出に貢献できるかもしれない。多方面にやりがいの感じられる職場といえそうだ。