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ダイキン工業株式会社
ダイキン工業は、空調事業で世界トップシェアを誇る総合メーカーです。ルームエアコンから産業用まで、幅広い空調製品を約170カ国で展開し、「空気で答えを出す会社」として世界中の快適な環境づくりに貢献しています。冷媒から機器まで一貫開発する高い技術力と、フッ素化学分野での強みが特徴です。
Official Site創業100周年を迎えるにあたり、2022年に本社オフィスを移転したダイキン工業。35年間慣れ親しんだオフィスを離れ、数多くの従業員が働く新本社を構築するプロジェクトは、2019年から4年の歳月をかけて実現しました。 プロジェクトのサブリーダーとして、約40人のチームをけん引したのは、当時入社2年目だった総務部の密本万吉さん。移転の目的は単なる場所の変更ではなく、「生産性向上」という抽象的な命題を具体的な要素に分解し、従業員一人一人が能動的に働ける環境を創り上げることでした。 この壮大なプロジェクトの舞台裏には、社外パートナーとの激しい議論、全部門を巻き込む地道な社内営業、そして「議論好き」というダイキンならではの企業文化がありました。
目次
創業100周年、本社移転の決断
——最初に自己紹介と、本社移転プロジェクトでの役割を教えてください。
密本:新入社員の時から9年間、総務部門一筋でやってきました。これまでにさまざまな仕事を経験しましたが、一例を挙げると、昨年2024年10月に迎えた創業100周年の記念事業に関するリーダーや、大阪・関西万博の水上ショーの事務局担当などを務めました。
本社移転プロジェクトには、サブリーダーとして約40人のメンバーを引っ張る立場で関わりました。
——本社移転の目的は何だったのでしょうか?
密本:100周年という会社の節目が、移転を決断する大きな要因でした。移転を決めた時点で経営層から言われたのは、「大きな資金を投じて、100周年という区切りで移転することの意味を考えてほしい」ということでした。例えば、前のオフィスが狭いといった目に見える課題を解決するだけでは不十分。本社にいる人たちが働きやすく、生産性を高めるオフィスを作り上げることが求められました。
——生産性向上という抽象的な目標を、どのように具体化していったのですか?
密本:2019年の序盤から経営層、総務、経営企画などコーポレート部門を中心に移転の意味合いを議論しました。当時はコロナ禍前でしたが、働き方改革の流れの中で、バックオフィスの仕事の生産性を上げていく必要性が叫ばれていました。ただし、バックオフィスの生産性とは何かという定義は難しい。そこでさらに話し合いを重ね、生産性を「創造性×効率性」の要素に分解し、さらに次の6つの要素にブレイクダウンしたのです。
(1)思いや意思、方向性がタイムリーに共有される
(2)自主性が向上する
(3)部門を超えた出会いが偶発的に起こる可能性
(4)チームワークが最大化される
(5)心と体が健康であること
(6)必要な情報に適切にアクセスできる
例えば食堂なら、「心と体の健康」を最優先し、次に「部門を超えた出会い」を重視するといったように、方向性に迷った際、「この場所をどういう空間にしたいのか」という原点に立ち返るための「判断基準」としてこの6つの要素を定義し、 認識のズレを解消していきました。
加えて、キャッチーなワードで表現するのではなく、従業員全員が理解できるよう、6つの方針をしっかり文章で説明するコンセプトにこだわりました。
コロナ禍での難しさと工夫
——プロジェクト進行中にコロナ禍が到来しました。影響はありましたか?
密本:まさに6つの方針を作っている最中にコロナ禍となり、議論が一気に振り出しに戻りました。「そもそも新しい本社は必要なのか」「6フロアもいらないのでは」といった話も出て、再検討を迫られました。
当時、フルリモートに舵を切る企業などが散見されましたが、私たちはリモートワークの有用性を理解しつつも、「リモートだけでは成立しない」という確信もありました。いずれ本社に人が戻ってくる流れが来ると考え、この6つの方針は変える必要がないと判断しました。
むしろ、「あえて本社に来る理由」「本社だからこそはかどること」を明確にすることが重要だと考えました。本社には自宅にはない機能があり、本社の方が仕事はしやすいと、強制ではなく自然にそう思ってもらえる環境を整えることが私たちの役割だと思いました。
——コンセプトは変えず、プロジェクトを進めたのですね。
密本:はい。ただプロジェクトの運営は本当に大変でした。40人全員で集まることはできないため、もう一人のサブリーダーと手分けして1対1の電話面談をしたりしました。以前は飲み会などでチームビルディングをしていたのですが、それもできない中、「皆で頑張ろう」という空気を醸成するのは苦労しましたね。
——40人のプロジェクトチームはどのように構成されたのですか。
密本:最も意識したのは、移転プロジェクトを「自分ごと」として捉えてもらうことでした。単に総務が作ったオフィスに引っ越しただけでは、生産性は変わりません。従業員一人一人が自分で考え、オフィスの使い方をイメージしてもらう必要がありました。
そのため、全部門から最低1人はプロジェクトメンバーに入ってもらいました。自分の部門から誰も参加していなければ、完全に他人事になってしまいますから。
——集められたメンバー間の温度差をどう調整していったのでしょうか?
密本:一番大事にしたのは、サブリーダーの2人が移転を楽しんでいる姿を見せることでした。上の人が楽しそうじゃなければ、下の人も楽しくないですよね。真剣に、そして楽しんで新しいオフィスを考えている姿勢を常に意識しました。
また、できるだけメンバーに裁量を持ってもらいたかったので、事務局の干渉は必要最低限にしました。各分科会のリーダーには若手、特に入社10年目以内の社員を据えました。例えば、入社2年目の若手が食堂分科会を切り盛りしていると、ベテラン社員も自然と「助けてあげよう」という気持ちになるんです。
そうやって各分科会でチームビルディングを促し、「自分たちで新しい本社を作っている」と実感してもらえるよう、かなり気を遣いました。
——一方で、自由にしすぎると収拾がつかなくなるリスクもあったのでは。
密本:大きかったのが、外部の2つのパートナー企業の存在です。一方はこの建物を建設した会社で、もう一方はオフィスづくりを専門とする会社です。もはや同じ会社かと思うくらい、同じ目線、同じ足並みで物事を進められました。社外の人たちが加わる他のプロジェクトと比べても、この関係性やつながりの密度は異常でしたね。
各分科会には必ずこの2社のパートナーに入ってもらい、専門家の立場からアドバイスをもらいました。私たち事務局が「それはダメ」と言うと冷めてしまいますが、プロが「建物の構造上無理です」「期間的にここで決めてください」などと言うと説得力があります。
——社外パートナーとワンチームになれた秘けつはありますか?
密本:正直、最初は意見がぶつかることも多かったですね。「プロジェクト開始から半年ほどは激しい議論を毎週のように繰り返した結果、徐々にお互いに目線を合わせていきました。
ただし、これは社内でも同様です。生々しいやり取りがあって初めて、一致団結できたと思います。
——他方、プロジェクトメンバー以外の従業員を巻き込むのも大変だったのでは。
密本:後半の1年半はそこに注力しました。各部門に応じたレイアウトを作ろうという方針にしたため、20〜30部門の部門長とそれぞれ複数回議論しました。「トップとしてどういう働き方をしてほしいか」を言語化してもらい、それをレイアウトに落とし込むワーキンググループを各部門で作ってもらいました。
私は基本的にすべてのワーキンググループの会議に出席しました。事務局に後から確認するより、その場で「それはいいですね」「それは難しいです」と即答できた方が、スピード感も認識のズレもなくせますから。
ただ、最初は理解を得られていないと感じるときもありました。でも、信念を持って、とにかく社内を歩き回って、部門の方々と会ったら雑談をして、一緒に本社オフィスを作っていきたいという思いが伝わるよう努力しました。
個室から開放的なオフィスへ
——新オフィスで大きく変わった点を教えてください。
密本:一人一人の業務効率は確実に上がっていると思います。明るく、机も広く、デジタル環境も整っていますから。ただ、それ以上に大きいのは「人と人のつながり」です。
前のオフィスはすべて部門ごとの個室だったんです。共用スペースも一切なく、1日を通して自分の部門以外の人と会う機会がほとんどありませんでした。食堂はありましたが、利用者は少なかった。同じ本社にいるのに、部門ごとに完全に閉じた環境でした。
今は階段で各フロアを自由に行き来できますし、部門間に壁がないので、廊下を歩けば他部門の人と自然に目が合います。社員同士が出会う機会も、会話する機会も圧倒的に増えました。工場から来た人たちも本社に滞在できるようになったので、会社全体での人と人のつながりが格段に増えましたね。
——移転から3年経って、さらに生まれている変化はありますか?
密本:急にビジネスが大きく変わったというわけではないですが、各部門から「オフィスでこういうことをやりたい」という提案がすごく増えました。
例えば、オープンスペースを使ってIT部門の若手がコーヒーを振る舞う会を開きたいと言ってきたり、ITツールの実演会をやりたいと提案してきたり。場所があるからこそ、社員が能動的にアウトプットする機会が増えました。
——以前のオフィスでそういった社内イベントはあったのでしょうか?
密本:皆無でした。物理的に場所もないし、やろうと思う人もいなかったでしょうね。今は、そういった意欲が外に向かっている感じがします。
ペーパー7割削減への挑戦
——ペーパーレス化にも取り組まれたそうですね。
密本:はい。外部パートナーさんのアドバイスもいただきながら、最終的に紙を7割削減する目標を立てました。
具体的な取り組みの中身ですが、まず書類は「部門管理」と「個人管理」に分けて考えました。部門管理の書類は一律7割削減。なぜなら、新オフィスには3割分のキャビネットしか置かないから、という理由です。個人管理の書類は、40センチメートル四方の個人ロッカーに入る分だけOKとしました。
——反発はありませんでしたか?
密本:最初は「これは紙じゃないとダメだ」と言われることも多くありました。そこで各部門のペーパーレス担当者と3〜4回対話の場を設け、「なぜ電子化ではダメなのか」「本当に紙でなければいけないのか」を徹底的に議論しました。
結局、紙でなければダメな理由はほとんどないんです。自分がやりやすいからという理由だけで。そこをとにかく、直接デスクまで行って、「その書類は本当に必要ですか」といったやり取りを繰り返しました。
途中から、削減率を部門ごとに見える化して、競争心を煽りました。他部門が進んでいるのに自分の部門が遅れていると、「仕方ないな」という空気が出てくるんです。最終的には、7割削減どころか9割削減した部門もありました。
——移転して3年経った今、紙の状況は。
密本:キャビネットは増えていません。基本的に机も片付いています。でも、人によりますね。どうしても紙が多い人もいます。そこを押し付けるのがいいかどうかは悩みどころで、その人にとってはそれが最適かもしれませんし、押し付けて生産性を下げても意味がありませんから。
ダイキンの「議論する文化」とは?
——本社移転プロジェクトを通じて改めて感じた、ダイキンの企業文化とは何でしょうか?
密本:とにかく議論が好きな会社です。オフィスのレイアウト一つとっても、答えのないことを就業時間ギリギリまで、30人くらいで議論するんです。「今日はもう疲れたから帰ろうか」となるくらいまで。
経営トップもフラットに議論することを大事にしてきた風土があります。役員も含めて全員で自由に議論する場が多く、上司に対しても「いやいや」と前面から意見を言う文化があります。
ですから、いろいろな意見をぶつけ合って、皆で何かを作り上げていく——その達成感を求める人には、すごく向いている会社だと思います。
例えば、外部コンサルタントに丸投げすればそれなりのオフィスはできるかもしれませんが、そこに愛着が湧くかどうかは別問題です。自分たちがどれだけ思いを込められるかが大事ですね。
——最後に御社のキャリア形成について教えてください。
密本:当社は、手を挙げた人にチャンスを与える会社です。私も「大きな仕事がやりたい」とずっと言っていたら、入社2年目で本社移転プロジェクトのサブリーダーに抜擢されました。
逆に、やりたいと言わなければ仕事は来ない、厳しい一面もあります。でも、立候補する人を大切にする文化は確実にあります。
——新卒社員と中途社員のギャップはありますか?
密本:ほとんどないですね。これが良いかは別として、当社では中途入社の方も新卒と一緒に合宿研修を受けます。10人ずつのグループに分けて、「どういう社会人になりたいか」「自分はどういう人間なのか」といったテーマで議論します。
研修としては珍しい内容なので戸惑う方もいらっしゃると思いますが、自分を見つめ直す時間は絶対に必要だと考えています。時には、元気な18歳の新卒の子が、管理職で入ってきた中途の方に率直に意見することもあります。お互い本音をぶつけ合うことで、最終的にはめちゃくちゃ仲良くなっていくんですよね。
最近テレビで見たアイドルオーディションでも「お前たちはどうなりたいのか」と問いかけるシーンがありましたが、あれとまったく同じです。プロになるためにも、絶対に必要なマインドだと感じています。
——ありがとうございました。
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取材のウラ側
社内で意見を言い出しにくいと感じる方は少なくありません。これは個人の性格だけでなく、企業風土や上司の姿勢が影響している場合もあります。
しかし、ダイキン工業株式会社にはそのような空気感はなく、むしろ意見を交わしやすい環境が根づいていると、取材を通して強く感じました。その文化は入社時の研修から徹底されています。年次や経験に関係なく、参加者が率直に意見を交わすことが奨励されているのです。「対立は生まれませんか?」と率直に尋ねたところ、印象的な言葉が返ってきました。
「意見がぶつかることは避けられない。でも、真正面から向き合った先には、むしろ強い一体感が生まれる。そこまで踏み込むからこそ、いい仕事ができるんです」
率直な意見交換を恐れず、ぶつかり合いを乗り越えて生まれる団結こそが、同社の高いパフォーマンスを支える基盤となっている。ダイキン工業ならではの「言える」文化が、取材を通じて深く印象に残りました。
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