2021年11月、福岡で開催されたイベント「明星和楽」。そのなかから、注目のセッション「これからの働き方と生き方~民間と行政で考える未来の街づくり~」の模様をお届けする。

 

福岡市を舞台に、異業種交流とそこから生まれるクリエイティブ活動を推進・サポートしてきた「明星和楽」。2011年にフェスティバル・イベントを立ち上げ、10年以上、地元企業や人材のハブ的な役割を担いつづけている。11月18日~20日の3日間にわたって開催された今年(2021年)のテーマは、「SYNTHESIZE」。テクノロジー、コミュニティ、サウナなど、旬のキーワードを文字通り「掛け合わせた」セッションが数多く企画された。

 

なかでもとりわけ注目されたのが、今回紹介する「これからの働き方と生き方~民間と行政で考える未来の街づくり~」だ。登壇者の顔ぶれは、株式会社LIFULLの小池克典氏、株式会社KabuK Styleの大瀬良亮氏、福岡市の髙島宗一郎市長。福岡地域戦略推進協議会事務局長である石丸修平氏をファシリテーターに、キャンプの火を眺めつつ、議論が交わされた。

 

登壇者

福岡市長 髙島宗一郎

ファシリテーター 福岡地域戦略推進協議会 事務局長 石丸修平

株式会社KabuK Style 社長 共同創業者 大瀬良亮

株式会社LIFULL地方創生推進部 LivingAnywhere Commons事業責任者 株式会社LIFULL ArchiTech 代表取締役 小池克典

 

<セッションのアーカイブ動画は、こちらからご覧いただけます。>

国と地方のあり方を再検討する

今回で10周年を迎えた「明星和楽」。冒頭で紹介した通り、本セッションでは未来の働き方と生き方について、「民間」と「行政」それぞれの立場から活発な意見交換が行われた。各人が抱える問題意識とは――。まずは「多拠点生活」の課題から議論が白熱した。

 

石丸修平さん(以下、石丸さん) それでは、自己紹介をお願いします。

 

小池克典さん(以下、小池さん) 株式会社LIFULLの小池です。「どこでもくらす」をテーマにしたLivingAnywhereプロジェクトを推進しており、LivingAnywhere Commonsとして遊休不動産を活用したコリビングを全国27拠点で展開しています。関連スタートアップの支援なども行っています。

明星和楽のセッション「これからの働き方と生き方~民間と行政で考える未来の街づくり~」の様子。

大瀬良亮さん(以下、大瀬良さん) 定額制宿泊サービス「HafH(ハフ)」を運営する、株式会社KabuK Style社長の大瀬良亮です。本社が長崎にありまして、「九州から世界へ」といった目標を掲げる、こうしたイベントに呼んでいただけて大変うれしく思っています。

株式会社KabuK Styleの大瀬良氏。

おかげさまで、今年の夏で、HafHの会員数は半年前の5倍に増加しました。ライフスタイルが変わるなか、同時にトレンドの変化も感じます。子連れでワーケーション、家族で一定期間宿泊したいというニーズが高まっており、そのなかで「じゃあ子どもの学校はどうするの?」といった教育に関する相談も増えています。フレキシブルな教育制度が求められていると感じますね。

 

髙島宗一郎市長(以下、髙島市長) 福岡市で市長をしている髙島です。今話題にあがった教育制度の問題ですが、確かに社会のあり方は変化しているのに、行政の仕組みは昭和のままです。そこを改善するのは課題ですね。サザエさん的な家族像、ライフスタイルではなく、多拠点生活といった生き方は当たり前になってきています。

 

直近で行政が抱えている課題で言うと、新型コロナウイルスのワクチン接種に関する混乱がありました。例えば、ある人は、ずっとその地域に住みつづけてるわけじゃなくて、半年ごとに住む場所が変わっている、あるいは週の半分は別の所に住んでいるかもしれないというケースがある。ところが、全ての住民サービスは、住民票を置いてる場所をベースに運用されている。そのため、自分で言わない限り、引っ越した人には3回目のワクチン接種券は自動的に届かないという状況が生まれるわけです。

 

子どものはしかのワクチン接種も同じです。自分でいつ打ったか覚えておかないといけない。引っ越し先の自治体に自動でデータが移動するなど、基本的な住民サービスは自治体ごとではなく、国がフォーマットを持ち、日本のどこに行っても継続的に住民サービスを受けられる仕組みが必要ですね。

 

小池さん 我々のように「多拠点生活を支援するサービス」を提供するプラットフォーマーとしては、住所をどこに置くかという問題はとても気になるところです。多拠点生活をされている方のなかには、実家に住民票を置いたり、住所を置くためだけに家を借りたりする人も少なくないようです。その方たちに言わせると、住んでいない場所に税金を払って、別の場所の行政サービスを受けているのは申し訳ない、と。

 

髙島市長 その意味では、住民票は福岡市に置くといいですよ。(一同笑)

 

それは、福岡に税収が入るから、というだけじゃないですよ! 福岡市は住基カードの時代から、国内どこのコンビニでも住民票や印鑑登録証明を入手できるサービスを実施してきたんです。各種証明書類をオンラインで取得することもできます。なので、多拠点生活される方に向いている。これからは、「一つの場所に住みつづける」という固定観念を捨てた政策が必要だと思っています。

 

大瀬良さん 第三住所くらいまでつくれるといいですね。

 

髙島市長 なるほど!

 

大瀬良さん 僕は渋谷区民ですが、多拠点居住者なので渋谷にはほとんど住んでいません。そこで、自分が多拠点居住でお世話になった町にふるさと納税をしています。自分の住所をいくつか設定できれば、もっといろいろなことができるのではと思いますね。

 

小池さん 子育て世代の場合は、住民票がないと保育園に預けられないといった問題もありますよね。住所が複数あるとその問題も解決できる。

 

髙島市長 住所を複数つくるのはおもしろいですね! 例えば、納めた住民税の2/3は自動で第一住所に行き、1/3は第二住所に行く。個人データは自治体間で連携されていて、どちらの住所でも継続的にサービスを受けられると。

今回のファシリテーターでもある、福岡地域戦略推進協議会の石丸氏。

今の議論は、本質的には「地方分権と中央集権の最適化ボタンをもう一度押す」ことにつながります。例えば、新型コロナウイルスのワクチン接種では、国と地方の役割分担がうまくいかなかった。現代のデジタル社会における国と地方のあり方を整理することが重要です。また、自治体間のデータ連携を進めるためには、国がデータ基盤を整備する必要があります。そうすれば、各自治体はそのデータを利用して独自でアプリをつくることもできる。

 

小池さん データがオープンソースになっていれば、民間もデータを活用できるので、新たな産業が生まれそうですね。

 

髙島市長 データ整備によって課題を見える化できれば、民間にとってはビジネスチャンスになりますし、行政にとっては限られた税金資源をどこに集中投下するか決めやすくなる。これも利点ですね。

 

石丸さん 民間が持っているデータと行政のデータを一緒に活用するための環境整備も、あわせて必要ですね。

 

大瀬良さん HafHを運営するなかでも、まさにそのようなプラットフォームができてほしいと感じています。

 

石丸さん はんこレスを導入したときのように、福岡市がモデルケースになれるといいですね。

 

髙島市長 データ連携だけでなく、社会保障も同じですね。例えば福岡市では、スマートフォンで国民年金の停止手続きができます。こういったDXの取り組みも重要です。

 

石丸さん デジタル社会におけるくらし方や働き方を踏まえた制度設計、制度運用が必要ですね。

 

大瀬良さん デジタルが苦手な方もいると思うので、従来の制度と新しい制度、どちらも選べるといいですよね。どんな人にも対応できるような、裾野が広い行政サービスを提供してもらえればと思います。

ダイバーシティに対応するには

髙島市長 行政サービスの裾野を広げるには、ダイバーシティへの対応が重要です。現在、デジタル臨時行政調査会の発足などにより、行政改革、デジタル改革、規制改革を一気に進める動きが出てきています。この流れのなかで、ダイバーシティについての改革も進めたいところです。

 

大瀬良さん ダイバーシティへの対応においては、「行政はここまで対応します、ここからは自分で自由にどうぞ」といった線引きも必要だと思います。これからは、市民一人ひとりが自分で生き方を見つける時代です。市民の自立を促すことも、多様性を認めるうえで重要なのではと感じます。

 

髙島市長 確かにそうですね。現在の日本はそのような仕組みになっていないので、どう切り替えるかは大事なテーマです。市民の自立を促すには、ユーザーインターフェースも重要です。申請ページの文字が見やすくて選択肢もわかりやすければ、高齢者でも簡単に申請できますよね。現在、福岡市は、民間のUXデザイナーの力を借りてユーザーインターフェースの改善を進めています。その結果、高齢者乗車券のオンラインでの申請数は1年で倍になりました。

髙島福岡市長。

「働き方」は「生き方」である

石丸さん 続いて、働き方についてうかがいます。小池さん、最近の働き方についてどう思われますか?

 

小池さん リモートワークが当たり前になるなど、働き方が大きく変わったと感じています。私の会社は東京の半蔵門にありますが、今は子育てを考えて茨城県行方市に住んでいます。会社での所属の仕方に関しても、一つの会社で上を目指すのは古い考えだと思いますね。

株式会社LIFULLの小池氏。

髙島市長 上を目指す時代から、横移動の時代に変わったと言えますね。

 

小池さん 一方で、全てが合理化されてしまう点はリモートワークの弊害です。今回のイベントのように、意識的に外に出る機会は必要だと思います。

 

大瀬良さん 先が見えない時代では、他人に頼らず自分で正解を見つけるしかありません。私は、その「正解を見つけるための旅」こそ、ワーケーションだと思っています。

 

多拠点生活やワーケーションを通して平日も旅をすれば、観光だけでは見えないその土地の普段の暮らしが見えるようになる。最終的に移住につながる場合もある。そうやって、自分なりに働き方や生き方の正解を見つける。これが、多拠点生活やワーケーションの根底にあると思います。

 

石丸さん 働き方は生き方そのものだ、ということですね。

 

髙島市長 ワーケーションをするのは意識が高い人だけ、という風潮もまだあると思います。実際のところ、皆さんはワーケーションの広がりについてどう感じていらっしゃいますか?

 

大瀬良さん 裾野は広がっていると感じますね。皆さん、「コロナ禍のストレスを発散したい」「他人とつながりたい」という思いが出てきているのだと思います。

 

小池さん 弊社LivingAnywhere Commonsの利用者数も、右肩上がりに増えています。特に今月は、企業の利用数が一気に増加しました。新型コロナウイルスは収束しはじめたものの、オフィスに出社したがらない社員が多い。しかし、経営側としては社員同士がリアルで会う場をつくりたい。それなら、新しい出会いや発想を求めてLivingAnywhere Commonsのような場所に出社するほうがいいのでは、と考える経営者が多いようです。

 

うちの会社でも、多様な価値観に触れて、それを会社に還元すること自体が仕事だと定義しています。「LivingAnywhere Commonsの利用が採用活動に効いてくる」という話も聞きます。企業としては、働き方の多様性を認めないと生き残れない時代が来たと言えますね。

 

石丸さん 多くの人は、働き方と生き方を分けて考えている気がしますが、生き方のなかに働き方があるんですね。

 

小池さん ワーケーションでは、企業と社員がwin-winになる仕組みも必要です。「おいしい食べ物や楽しい場所があるからワーケーションに行きたい」という理由では、企業側からするとwin-winにはならない。その場所でどういう出会いがあって、それをどう仕事に生かせるかまで含めたビジネス設計が必要だと思います。

 

大瀬良さん 海外の記事によると、旅しながら働く「デジタルノマド」の数は、2035年には10億人規模になるそうです。日本では、ワーケーションや多拠点生活はコロナ対策だという風潮がありますが、旅して働く生き方はコロナとは関係なく一般的になりつつあります。旅しながら働く人たちが、全世界から福岡市に集まってほしいと思います。先ほどのデジタル化の話も、そんな未来を考えて進めたほうがいいと思いますね。

 

髙島市長 海外の人たちに来てもらえば、住民はダイバーシティに触れることができる。これは住民の考え方をアップデートするうえでも非常に重要ですね。今日は民間の方々の意見をうかがうことができて、非常に参考になりました。今回のイベントのような刺激やミラクルが生まれる場を、今後も積極的につくっていきたいと思います。

 

石丸さん 福岡市から様々なチャレンジをしていきたいですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。